Fighting〜闘病記的嫌がらせ〜

種な病の人が種な闘病記を綴られる。

其自体は悪い事ではない、寧ろ尊ぶべきであろう。

だがその闘病記がある種の力を持ち始めると様相は変わる

ある病に於ける病状はその人其によって異なる。

同じ病の人が同一の症状になる訳ではない。

抑、病状は五感情報に影響を受けている。

故に得られる五感情報が異なれば影響も異なる。

だが闘病記を読む限り私の其とは異なっている。

すると私は重病なのか?と早合点する人も出てくる。

特に注意すべきは薬効についてである。

薬効もやはり環境によって大きく異なる。

或る人には絶大な効果を及ぼす物も或る人には無効。

薬効とはそういう物である。

その最たる例が東洋医学における漢方医学

其は漢方が生薬だからである。

生きているからこそ向き不向きがある。

だからこそ正しい知識を持つ東洋医学専門医の助言が

必要不可欠、宣伝文句だけで購入する事は危険である。

西洋医学はその逆向きなので薬効は低いが広範に効く。

効く人が多いから高い信頼を得られる、毒とは知らず。

薬物は須く毒性を持っている。

時には逆向きに作用することもある。

其は体調によって効き目が支配されているから。

闘病記はそういう人達を場合によっては更に苦しめる。

特に精神薬はその傾向が迚顕著である。

自分に効く者が他者に効くとは限らない。

故に無闇矢鱈と闘病記を記す事には私は同意しかねる。